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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7078号 判決

原告

尾関香織

右訴訟代理人弁護士

大深忠延

斎藤英樹

被告

ぴあ株式会社

右代表者代表取締役

矢内廣

右訴訟代理人弁護士

辰野守彦

千川健一

吉岡讓治

被告

株式会社サプライ

右代表者代表取締役

谷信英

右訴訟代理人弁護士

吉木信昭

主文

一  被告株式会社サプライは、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社サプライに対するその余の請求及び被告ぴあ株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社サプライとの間においては原告に生じた費用の二分の一と被告株式会社サプライに生じた費用を四分し、その一を被告株式会社サプライの、その余を原告の負担とし、原告と被告ぴあ株式会社との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金一六五万円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告ぴあ株式会社(以下「被告ぴあ」という。)が発行する雑誌関西版「ぴあ」に掲載された深夜営業店の広告に、原告方の電話番号が誤って掲載されたために、原告方に間違い電話が頻繁にかかり、原告が、身体的にも精神的にも損害を受けたと主張して、被告ぴあと右広告を企画、制作した被告株式会社サプライ(以下「被告サプライ」という。)に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一争いがない事実

1  被告ぴあは、書籍・雑誌等の編集・出版・販売等を業とするものであり、被告サプライは広告代理店である。

2  被告ぴあが隔週木曜日に発行する関西版「ぴあ」の平成四年三月一二日号(販売期間同年二月二七日から同年三月一五日まで)に、「パーティー・スペース・ノイズ」という深夜営業店(以下「ノイズ」という。)の広告(以下「本件広告」という。)が掲載され、ノイズの電話番号として「〇六―〇〇〇―〇〇〇〇」、営業時間として「一八時〜五時」と記載された。しかし、右電話番号は誤っており、右番号は原告方の電話番号であった。

3  右広告は、被告サプライが広告主との契約に基づいて企画、制作して関西版「ぴあ」に掲載したものであった。

二争点

1  責任原因

(原告の主張)

(一) 被告サプライは、広告主により確認がなされるゲラ刷りの段階までには誤りを発見し、誤った本件広告を掲載することを防止できたのにこれを怠った過失がある。

(二) 被告ぴあは、誤った(欠陥)情報を提供したこと自体に責任がある。

また、被告ぴあは、被告サプライに対して雇用・委任・請負等の支配従属関係ないしは共同関与という事実上の関係にあるから、使用者としての責任を負う。

本件広告の被害は、広告の読者ではなく、広告の読者から第三者が意味不明の電話攻勢をかけられたことにある。関西版「ぴあ」の発行部数は二〇万部あるいはそれ以上といわれるが、本件被害はその読者からの反応によって発生したものであって、このような被害が発生したとき、広告代理店への責任転嫁ですますことは到底できない。雑誌発行者と広告代理店の内部的責任関係・割合はともかく、誤った記事による危険負担は連帯して負担するのが当然である。広告代理店の資力負担能力の問題もあるし、被告ぴあは誤った記事掲載による広告管理上の責任を負う立場にある。

さらに、被告ぴあは、広告代理店に掲載スペースを有償で提供しているのであるから、報償上の責任を負う。

(被告ぴあの主張)

(一) 出版物における広告では、当該出版物の発行人以外の者が企画、制作する広告については、当該発行人はその記載内容の全てにわたって事実を確認する一般的な義務を負わず、右確認は広告代理店がその責任で行う。

雑誌発行人は、広告代理店から校正済みのゲラ刷りの交付を受けるのみであり、電話番号等広告内容の記載が正しいか否かを確認するために必要な資料は全く与えられず、右掲載を確認する術を有しない。

したがって、被告ぴあは被告サプライが企画、制作した本件広告記載の電話番号の表示についてまで確認する義務はなく、また、これを確認することは事実上不可能であった。

(二) 雑誌発行人と広告代理店は雇用・委任関係その他の従属的な関係に立つものではなく、広告代理店が雑誌発行人から広告掲載のために掲載スペースを有償で提供を受けるに過ぎない。広告そのものは広告主の注文によって広告代理店がその企画、制作を請け負う関係にあり、これに関して被告ぴあは何ら関与しない。

したがって、被告ぴあは、被告サプライが企画、制作した本件広告の記載の誤りについて使用者責任を問われる理由はない。

2  被害の態様

(原告の主張)

原告方の電話番号をノイズの電話番号と誤った本件広告により、平成四年二月末以後、午前九時ころから深夜さらには夜明けの五時六時ころまで、一日に何十回多いときには五〇回以上、予約や問い合わせ等の間違い電話が原告方にかかるようになり、間違いを指摘しても繰り返しかかり、原告は、電話応対の煩雑さから生じるストレスや寝不足のために体調を崩し、同年三月一日からは、ホステスとして働いていたメンバーズクラブを休業し、ついに、同月一一日急性胃腸炎で二週間の安静加療が必要であると診断された。

(被告サプライの主張)

ノイズの営業時間外の午前九時から夕方までに電話をかける者がいるとは考えられないこと、最も電話が頻繁にかかってくる時間帯はホステスである原告の出勤時間に重なること、広告主には継続して広告を掲載していた当時からさして客からの電話はなかったことなどから、原告の体調を崩すほどの間違い電話が原告方にかかったとは考えられない。

3  損害額

(原告の主張)

(一) 休業損害 一〇〇万円

原告は、平成四年三月一日から二五日までホステスとして稼働できなかった。当時の原告の月収は二〇〇万円を下らず、必要経費を五〇パーセントとしても休業損害は一〇〇万円を下らない。

(二) 慰謝料 五〇万円

間違い電話により生活の平穏が侵され、体調を崩したことによる精神的損害を慰謝するための慰謝料

(三) 弁護士費用 一五万円

第三当裁判所の判断

一争点1について

1 被告サプライ代表者本人尋問の結果によれば、本件広告に原告方の電話番号が誤って記載されたのは、被告サプライが本件広告を制作する段階でワープロ操作の際に電話番号を打ち間違ったことと、校正段階でのチェックを怠ったためであると認められるから、本件広告の誤りに関して被告サプライに過失があることは明らかである。

2  被告ぴあの責任について検討する。

前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によると、本件広告は被告ぴあが企画したものではなく、被告サプライが広告主との契約によって独自に企画、制作して、雑誌発行人である被告ぴあからその広告欄を有償で取得したうえで掲載させたもので、被告ぴあは、これを掲載した関西版「ぴあ」を発行したにすぎないことが認められる。このような場合にも、雑誌発行人は、当該広告が違法、不当な商取引の勧誘にあたらないかとか、広告の内容に社会的にみて著しく不相当な表現がないかなどの点については、広告内容の適否を検討し、違法不当な広告による消費者や第三者の損害を事前に防止する義務を負担することはありうるが、広告の内容の全て、例えば本件のように広告主の電話番号に誤記がないか否かのような点についてまで、一々事実を調査して確認するまでの義務を一般的に負っているとは解されない。本件においても、右のような義務は広告のゲラを制作し校正したうえで被告ぴあに掲載を依頼した広告代理店である被告サプライがこれを負担していたものというべきであり、被告ぴあに本件電話番号を確認する直接的な義務があったとはいえない。

次に、原告は被告ぴあの使用者責任などを云々するが、使用者責任は、使用者が被用者に対し指揮監督ないし支配する関係を有する場合に認められるものであるところ、被告ぴあが本件広告の企画、制作に関し被告サプライを指揮監督していたという事実を認めるに足る証拠はない。

もっとも、誤った広告が第三者に重大な結果を及ぼす可能性のあること等を考えると、雑誌発行者は、広告を受け入れるにあたって、広告代理店側が負担している前記のような注意義務を果たし得ているか否か等に可能な限り注意をはらうことなどを通じて、誤った広告による第三者の被害を防止する義務を間接的に負担しているということは考えられないことではない(原告がいう「広告管理上の責任」は、この限りにおいては肯定できないわけではない。)。しかし、本件では、そのような義務の懈怠によって本件の誤った広告が掲載されたと認めるべき証拠はない。

さらに、被告ぴあが雑誌の誌面を被告サプライ等の広告代理店に有償で提供しているとしても、そのことから直ちに、被告ぴあがいわゆる報償責任として被告サプライ等の不法行為責任と同様の責任を負うべきであるとはいえない。

したがって、本件広告について被告ぴあが損害賠償義務を負ういわれはない。

二争点2について

1  原告本人尋問の結果及び〈書証番号略〉によると、原告は平成二年六月からメンバーズクラブ「アロー」でホステスとして働いており、また、昼間は「山中庭園」の営業の手伝い等に午前中から出かけており、通常は午後六時ころ帰宅して、午後八時ころ再度自宅を出て午前一時ころには帰宅するという生活をしていたこと、本件広告の出された平成四年二月二七日から、原告の自宅にノイズに関する問い合わせや予約の間違い電話がかかり始め、特に夕方に集中してかかってきたこと、原告は、同年三月一一日芦原病院において急性胃腸炎と診断されていることが認められる。

2  もっとも、原告は、その本人尋問において、間違い電話は一日に多いときでは五〇回近くかかり、睡眠不足で体調を崩し、精神的にいらいらが積もって急性胃腸炎を起こして店に出られなくなり、同年三月一から三月二五日まで休業した旨を供述するが、右間違い電話の回数やこれと急性胃腸炎との因果関係や休業の期間等を裏付ける証拠はない。

かえって、証人小田原一晃の証言及び〈書証番号略〉によると、ノイズは、訴外株式会社スギムラグループが経営する店舗のうち同証人が担当する五店舗のうちの一つであり、右五店舗については関西版「ぴあ」を含めて一〇誌ほどの雑誌に順次広告を掲載しているが、朝から夕方までの間の問い合わせ等の電話は、会社の昼休み及び夕方の時間帯に集中しており、両時間帯とも右五店舗を合わせて多くてもせいぜい一〇回かかる程度であり、ノイズの本件広告を関西版「ぴあ」で見た顧客に限れば、「ぴあ」の発売日には問い合わせ等の電話を含めて一日全体でも一〇回かかる程度であり、その後は広告の効果は弱まり電話のかかる頻度は減少することが認められる。

右認定の事実に照らすと、本件広告を関西版「ぴあ」で見た顧客が、原告が在宅する時間帯に原告の自宅に一日に五〇回近くの電話をかけてきたとは到底考えられず、原告の前記供述は著しく誇張されたものではないかとの疑いが強い。そして、原告が芦原病院に行って急性胃腸炎との診断を受けたのは本件広告が掲載されて二週間程度経過した後であることなども併せ考えるならば、本件広告に起因する間違い電話と、これがかかり始めてから早くも四日目の三月一日には原告が休業を余儀なくされるほどの体調の悪化を来したということ(ただし、前述のようにそのこと自体に裏付けがあるとはいえない。)、及び原告が急性胃腸炎に罹患したこととの間には、本件証拠上直ちに因果関係を認めるに足りないといわざるを得ない。

三争点3について

争点2についての判断を前提に原告の損害を検討する。

まず、休業損害については、休業の日数や収入額等の点についてこれを裏付ける十分な証拠がないのであるが、この点を措いたとしても、そもそも本件広告と休業との間に本件証拠上相当因果関係を認めることができない。

次に、精神的損害については、これに関する原告本人の供述は、前同様著しく誇張されたものである疑いが強いが、それにしても、前掲の証拠を総合してみると、本件広告によって原告方にかかってきて原告が受けた電話が期間を通じて全体としては優に数十回に及ぶであろうことは十分認められるところであり、かつ、その電話は深夜、早朝にもわたり、原告の安眠を妨げ、あるいは、夕方の時間帯におけるホステスとしての電話による営業活動を妨げる(ちなみに、原告方はキャッチホンを利用しているという。)などして原告にかなりの精神的な苦痛を与え、ある程度体調にも影響したであろうことは、これを肯定することができる。そして、その精神的苦痛を右の体調悪化などの点も含めて金銭に見積もれば、少なくとも二〇万円を下回るものではないと解されるから、これについての慰謝料としては金二〇万円が相当である。

次に、〈書証番号略〉及び被告サプライ代表者本人尋問の結果によれば、本件の被害に対する慰謝が円滑になされなかった主な原因は、原告が被告らとの交渉を依頼した訴外山中某らの交渉態度に問題があったためであり、右認容額相当の損害賠償は、本件訴訟提起以前にも被告サプライから原告に対して提示されていたことが認められるから、弁護士報酬を含めた弁護士費用は、被告サプライの過失とは相当因果関係がないものというべきである。

四よって、原告の請求は、被告サプライに対して不法行為に基づく損害賠償として金二〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成四年九月一日(訴状送達の日の翌日)から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求する範囲で理由があるからこれを認容することとし、同被告に対するその余の請求及び被告ぴあに対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小田耕治 裁判官栗原壯太 裁判官田村政巳)

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